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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)1562号 判決

大阪市〈以下省略〉

原告

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

小寺史郎外一名

東京都中央区〈以下省略〉

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

澤辺朝雄

主文

一  被告は、原告に対し、七六七万二六九三円及びこれに対する平成六年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその他の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その二を原告の、その他を被告の各負担とする。

四  この判決の原告勝訴部分は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者が求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、二三〇六万九七五四円及びこれに対する平成六年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、木材・各種建材・梱包資材の販売などを業とする資本金三〇〇万円の株式会社であり、その代表者である訴外A(以下「訴外A」という。)がいわゆるオーナーとして経営している。

訴外Aは、昭和六二年一〇月ころから、株式への投資を始めた。

(二) 被告は、有価証券の売買などを業とする株式会社である。

2  原・被告間における取引の経緯

(一) 被告の難波支店所属の従業員であった訴外C(以下「訴外C」という。)は、平成元年二月中ごろ、原告方を訪れ、訴外Aに対し、株式投資を熱心に勧誘した。

そこで、訴外Aは、原告名義で次の商品を購入し、被告との取引を開始した(詳細は、別紙「株売買表」のとおり。以下同じ。)。

(1) 平成元年四月六日、昭和電工のワラントを購入(同月一〇日に売却)

(2) 同月七日、日本航空のワラントを購入(同年五月三〇日に売却)

(3) 同年七月七日、モリトの新株を購入(同年八月九日に売却)

なお、訴外Aは、訴外Cから、その際、ワラントの特質や危険性について、特に説明を受けていない。

(二) 訴外D(以下「訴外D」という。)は、訴外Cから、同年一〇月、原告の担当を引き継ぎ、訴外Aに対し、早朝から夜遅くまで、熱心に取引を勧誘した。

この結果、訴外Aは、原告名義で次の取引をした。

(1) 平成二年一月一九日、エイケン化学の新株を購入(同月二九日に売却)

(2) 同月二四日、アセアンファンドのワラントを購入(同年一〇月三一日に売却)

(3) 同年二月一四日、上新電機のワラントを購入(同年二月一五日に売却)

(4) 同年四月二三日、ドイツ銀行の株式を購入(同年一一月五日に売却)

(5) 同年五月一〇日、日商岩井のワラント(二〇枚。代金二七五万七一二五円。以下「日商岩井のワラント」という。)を購入(同月二三日に売却)

(6) 同月一一日、訴外三井石油化学工業株式会社の株(一万株。以下「三井石油化学株式」という。)を預託

これは、訴外Dが訴外Aに対し、かねてから、原告の被告に対する顧客としての信用を維持すると共に訴外D自身の営業成績を上げるため、手元の株式を預託するよう執拗に求めていたことに応じたものである。

(7) 同月二三日、日商岩井ワラント及び三井石油化学株式を売却し、日産ディーゼルのワラント(八〇枚。代金一三三四万九六〇〇円。以下「日産ディーゼルワラント」という。)を購入

イ 訴外Dは、訴外Aに対し、同月中旬ころから、日産ディーゼルが無公害エンジンを開発したようだとの工業新聞・パンフレットなどを持参して、三井石油化学株式を売却して外貨建てワラントである日産ディーゼルワラントを購入するよう繰り返し勧めていた。

ロ さらに、訴外D及びその上司である訴外E(以下「訴外E」という。)は、同月二二日、原告方を訪れ、訴外Aに対し、三時間以上もかけて、三井石油化学株式の売却による損失はすぐに取り戻せるうえ、利益を保証すると述べて、日産ディーゼルワラントの購入を熱心に勧めた。

しかし、日産ディーゼルワラントの購入価格は、プレミアムのみで構成されており、不当に高額であった。

なお、訴外Aは、訴外Dらから、右取引の際にも、ワラントの特質や危険性について特に説明を受けていない。

ハ 訴外Aは、訴外Dらの勧めにしたがって、日産ディーゼルワラントの購入資金に充てるため、三井石油化学株式を売却したが、このため、原告は、七六三万四三六八円の売却損を被った。

しかも、三井石油化学株式の売却代金(一二〇四万九七七一円)だけでは右購入に必要な額に足りなかったため、訴外Aは、日商岩井ワラントをも売却した。

(8) 同月三一日、アストラ・インターナショナル・インクの株式を購入(同年一〇月九日に売却)。

(三) ところが、アセアンファンドのワラント((二)(2))、ドイツ銀行の株式(同(4))、アストラ・インターナショナル・インクの株式(同(8))が値下がりする一方であった。

そのうえ、訴外Dは、訴外Aに対し、その後、連絡をしてこなくなった。

このため、訴外Aは、被告に不信感を抱き、平成二年一〇月九日から同年一一月五日にかけて、被告難波支店に預託していた右株式及びワラントを売却した。

ただし、日産ディーゼルワラントについては、訴外Dから、必ず値上がりするから売却を見合わせるよう懇請され、保有を続けた。

(四) なお、訴外Aは、その後、訴外Dの勧め((2)~(4)、(9))又は自身の判断((1)、(5)~(8))によって、原告名義で次の取引をしている。

(1) 同年九月一八日、ファナックの株式を購入(他店で売却)

(2) 同年一一月二七日、日栄の株式を購入(同月二八日に売却)

(3) 同年一二月七日、英国配電の株式(同月一四日に売却)

(4) 同月一九日、ケルの株式(同月二五日に売却)

(5) 同日、ロームの株式(平成三年一月三〇日に他店で売却)

(6) 平成三年二月一五日、日本デジタルの新株を売却(同年一月三一日に他店で購入していたもの)

(7) 同年三月一二日、日立製作所の株式を購入(同月一五日に売却)

(8) 同年四月四日、日本無線の株式を購入(同年五月二〇日に売却)

(9) 同年五月一五日、東洋エクステリアの株式を購入(他店で売却)

(五) 訴外Dは、訴外F(以下「訴外F」という。)と共に、平成三年五月二四日、原告方を訪れ、訴外Aに対し、訴外Fを訴外Aないし原告の新担当者として紹介した。

訴外Aは、その際、日産ディーゼルワラントの値下がりについて苦情を述べたが、訴外Fは、責任をもって引き継ぐと応じ、同年六月ころからは、その価格をファクシミリで連絡するようになった。

(六) 訴外Fは、訴外Aに対し、同年七月二九日、住友電気工業のワラントについて、新規発行のため手数料が不要で、直ちに値上がりし、必ず儲かると述べ、その購入を勧めた。

そこで、訴外Aは、原告名義で、同月三一日、住友電気工業のワラント(一〇枚。代金一四四万円。以下「住友電気工業ワラント」という。)を購入した。

(七) 日産ディーゼルワラント、住友電気工業ワラントは、その後、値下がりを続け、訴外Fは、訴外Aに対し、次第に連絡しなくなった。

ところが、訴外Fは、平成五年六月二五日、上司の訴外G(以下「訴外G」という。)とともに原告方を訪れ、訴外Aに対し、原告が保有している日産ディーゼルワラントが同月末で無価値になることを説明した。

(八) 訴外Aは、同月三〇日、日産ディーゼルワラント八〇枚を代金四二二六円で売却することに応じ、結局、原告は、日産ディーゼルワラントの購入及び売却に関し、一三三四万五三八六円の損害を被った。

(九) なお、訴外Aは、同年八月九日、住友電気工業ワラントを他店に移管させて(同年一〇月二五日に売却)、原告と被告の取引を終了した。

3  被告の責任

(一) わが国では、昭和六〇年一一月一日、分離型ワラントの発行が許容され、昭和六一年一月一日、海外で発行された外貨建てワラント債の分離型ワラントの国内流通が許容されるようになったが、平成元年五月当時、金融商品としては、それほど周知されていなかった。

被告を含む各証券会社は、昭和六三年ころから、ワラントを株式に劣らない有力な収入源になると見込み、ワラントに関する知識の乏しい個人投資家に対してもワラントを売りさばくようになった。

(二) ところで、ワラントは、株価と権利行使価額の差額に基づいて理論上の価格が算出されるのであるが、その価値の変動は株価のそれより、はるかに大きいうえ、現実の取引価格の決定は、将来の値上がりを期待した「プレミアム」という不明朗な要素を加えて行われている。

また、ワラントの取引は、顧客と証券会社の間で直接に行われ、ワラントを購入した顧客がそれを処分するためには、現実には、証券会社に買い取ってもらうほかなく、その価格形成の仕組みは複雑かつ不透明であるうえ、ワラントは、その権利行使期間が経過すれば、無価値になってしまう。

(三) 以上のようなワラントの特質を考慮すると、取引を勧誘する場合には、ワラントの仕組み・価格の形成や変動の仕組み(外貨建てワラントの場合は、為替相場による変動も含む。)・その権利行使の価額や期間・ワラントが一定期間を経過すると無価値になる危険性を有することなどを説明する義務(説明義務)を負っているというべきである。

(四) 訴外Aは、このようなワラントの特性や危険性について充分な知識を有しなかった。

ところが、訴外Dらは、訴外Aに対し、ワラントの取引を勧誘するに際し、危険性を具体的に説明しないまま、その購入を執拗に勧誘し、必要な資金を得るために、原告が所有していた株式の損切りまでさせた。

(五) なお、訴外Aは、原告名義で、訴外日興證券株式会社(以下「訴外日興証券」という。)難波支店において、多数の有価証券取引を行っているが、これは、実際には、主に同店の支店長であった訴外Hが行ったものである。

そこで、原告は、訴外日興證券に対し、一任勘定契約に基づく過当取引などのために被った損害の賠償を請求する訴えを当庁に提起している。

4  原告の損害

(一) 原告は、被告との取引により、少なくとも、次の損害を被った。

(1) 三井石油化学株式の売却による損失 七六三万四三六八円

(2) 日産ディーゼルワラントの購入のための支出 一三三四万五三八六円

(3) 合計 二〇九七万九七五四円

(二) 原告は、原告代理人らに対し、本件訴訟の遂行を委任し、そのための費用は二〇九万円とするのが相当である。

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求として、二三〇六万九七五四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年三月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の認否及び反論

1  一1(当事者)の事実のうち、原告の業務実態、訴外Aの投資経歴は知らず、その他は認める。

2  同2(原・被告間における取引の経緯)について

(一) (一)(訴外Cによる取引)の事実のうち、訴外Aが訴外Cからワラントの特質や危険性について説明を受けていなかったことは否認し、その他は認める。

なお、訴外Aは、原告名義で被告と取引を始める以前の昭和六三年七月二八日に、その子である訴外Aの名義で東京製鉄の株式一〇〇〇株を買い付けている。

(二) (二)(訴外Dによる取引)の事実のうち、訴外Aが訴外Dからワラントの特質や危険性について説明を受けていなかったこと、(6)(三井石油化学株式の預託)、(7)(日産ディーゼルワラントの購入)の経緯は否認し、その他は認める。

訴外Aが訴外Dから、早朝から夜遅くまで熱心に取引を勧誘されたために原告名義で取引をした、原告が三井石油化学株式の売却により七六三万四三六八円の損害を被ったとの主張は争う。

訴外Aは、訴外Dに対し、日産ディーゼルワラントの購入に先立って、日商岩井ワラント及び三井石油化学株式を売却して日産ディーゼルワラントを購入するよう指示しており、そのための取引資金を獲得しようとして、被告に対し、三井石油化学株式を進んで預託したのである。

(三) (三)(株式及びワラントの売却)の事実のうち、訴外Dが原告に対し、日産ディーゼルワラントの売却を見合わせるよう懇請したことは否認し、訴外Aが原告名義で、平成二年一〇月九日から同年一一月五日にかけて、被告難波支店に預託していた株式及びワラントを売却したことは認め、その経緯についての主張は争う。

(四) (四)(その後の取引)のうち、訴外Aが原告名義で(1)~(9)の取引をした事実は認め、その経緯についての主張は争う。

(五) (五)(訴外Fへの苦情)の事実のうち、訴外Fが訴外Aから日産ディーゼルワラントの値下がりについて苦情を述べられ、責任をもって引き継ぐと応じたことは否認し、その他は認める。

(六) (六)(訴外Fによる取引)の事実のうち、訴外Fが訴外Aに対し、住友電気工業のワラントについて、手数料が不要で直ちに値上がりし、必ず儲かると述べて購入を勧誘したことは否認し、訴外Aが原告名義で、同月三一日、住友電気工業ワラントを購入したことは認める。

(七) (七)(日産ディーゼルワラント処分の勧告)・(八)(日産ディーゼルワラントの処分)の各事実は認め、原告が三井石油化学株式の売却ないし日産ディーゼルワラントの購入及び売却に関し一三三四万五三八六円の損害を被ったとの主張は争う。

訴外Aは、訴外Gに対し、三井石油化学株式の売却ないし日産ディーゼルワラントの購入に関する損失の填補を求めたが、訴外Gは、これに応じなかった。

(九) (九)(原告と被告の取引終了)の事実は認める。

3  同3(被告の責任)、同4(原告の損害)の各主張は争う。

(一) 訴外Aは、訴外日興證券の難波支店において、多数の株式やワラントの取引を行っており、その手法もいわゆるプロの投資家のそれである。

訴外Aは、ワラントの仕組み、内容、特性について、充分に知識を有しており、被告との間でも原告及び訴外A名義で有価証券の取引をしていたうえ、訴外C及び訴外Eから、昭和六三年一〇月ころ、原告方において、ワラントの仕組み、内容、特性について詳細な説明を受けている。

さらに、訴外Aは、被告から、平成元年四月六日に訴外昭和電工のワラントを買った際、「ワラント取引説明書」を交付され、その末尾の「ワラント取引に関する確認書」に記名押印している。

(二) 原告は、その後、ワラントの取引による損失を被っており、訴外Aは、日産ディーゼルのワラントを購入する以前に、ワラントが権利行使期間の経過によって無価値になることを知っていた。

(三) 被告は、原告に対し、平成二年五月以降、三か月毎に、「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」と題する書面を送付してワラントの時価を通知し、原告から「確認書」の返送を受けている。

第三当裁判所の判断

一  第二・一1(当事者)の事実のうち、原告が資本金三〇〇万円の株式会社であり、その代表者である訴外Aがいわゆるオーナーとして経営していること、被告が有価証券の売買などを業とする株式会社であることは、当事者間に争いがない。

また、同2については、(一)(訴外Cによる取引)の事実のうち訴外Cが訴外Aを担当していたこと、訴外Aが原告名義で(1)ないし(3)の取引をしたこと、(二)(訴外Dによる取引)の事実のうち訴外Dが訴外Cから原告の担当を引き継いだこと、訴外Aが原告名義で(1)ないし(8)の取引をしたこと、(三)(株式及びワラントの売却)の事実のうち訴外Aが原告名義で平成二年一〇月九日から同年一一月五日にかけて、被告難波支店に預託していた株式及びワラントを売却したこと、(四)(その後の取引)の事実、(五)(訴外Fへの苦情)の事実のうち、訴外Fが訴外Dから原告の担当を引き継いだこと、(六)(訴外Fによる取引)の事実のうち訴外Aが原告名義で住友電気工業ワラントを購入したこと、(七)(日産ディーゼルワラント処分の勧告)・(八)(日産ディーゼルワラントの処分)、(九)(原告と被告の取引終了)の各事実は当事者間に争いがない。

二  右のほか、甲一号証の一ないし五六号証、五八号証ないし六八号証、乙一号証の一ないし一七号証、一九号証の一・二、二一号証の一・二、二三、二四号証、訴外C・訴外D・訴外E・訴外Fの各証言、原告代表者(訴外A。以下同じ。)尋問(第一・二回)の結果(いずれも以下の認定に反する部分を除く。)によれば、次の各事実が認められる。

1  原告及び訴外Aについて

(一) 原告は、登記簿上は木材・各種建材・梱包資材の販売などを目的とする資本金三〇〇万円の株式会社であり、訴外Aがいわゆるオーナーとして経営している。

(二) 訴外Aは、昭和六二年一〇月ころから、特に訴外日興証券の難波支店を通じて、自分自身のほか、原告、訴外Aの名義によって株式の取引を始めた。

訴外Aは、訴外日興證券の担当者などから勧められるまま、株式のほか、多数のワラントの取引を行い、多額の資金を投入したうえ、その取引の様子などを克明に日記帳に記録している。

(三) こうして、訴外Aは、原告本来の業務の遂行について殆ど省みないようになった。

(四) なお、原告は、訴外日興證券に対し、原告の訴外日興証券難波支店における多数の有価証券取引について、一任勘定契約に基づく過当取引などによって被った損害の賠償を請求する訴えを当庁に提起している。

2  原・被告間の取引の経緯について

(一) 訴外Cは、昭和六三年四月、被告方に就職し、同年七月当時、被告難波支店に所属する従業員であったが、そのころ、原告方を訪れ、訴外Aに対し、大学の同窓の誼から、株式投資を勧誘した。

そこで、訴外Aは、訴外Cの勧誘に応じて、昭和六三年七月二八日、訴外Aの名義で訴外東京製鉄の株式一〇〇〇株を買い付けた。

(二) 訴外Cは、訴外Eとともに、訴外Aに対し、昭和六三年一〇月ころ、原告方に赴いて、ワラントへの投資を勧誘し、その際、ワラントの仕組み、内容、特性について一応は言及したものの、ワラントの危険性について充分に指摘しないままであった。

(三) 訴外Cは、訴外Aに対し、平成元年二月ころ、さらに株式、ワラントなどに投資することを勧めた。

訴外Aは、このころ、前記1(二)のとおり、訴外日興証券における取引の結果、多額の損害を被っており、それに対する信頼を次第に喪失していた。

そこで、訴外Aは、訴外Cの勧誘に応じ、原告名義で次の商品を購入し、被告との本格的な取引を開始した(詳細は、別紙「株売買表」のとおり。)。

訴外Aの投資傾向は、いずれも、数百万円の資金を投入して購入した銘柄を、短期間に売却するというもので、明らかに利ざやを稼ぐことを狙ったものであり、その手法は、いわゆるプロの投資家のそれである。

訴外Aのこのような取引傾向は、以後も変わらなかった。

(1) 平成元年四月六日、昭和電工のワラントを購入(同月一〇日に売却)

訴外Aは、訴外Cから、その際、「ワラント取引説明書」(乙四号証とほぼ同様のもの。)を交付され、その末尾の「ワラント取引に関する確認書」に記名押印したものの、訴外C自身が、当時、ワラントの危険性をそれほど深刻に認識していたわけではなく、右説明書の記載も、主として、ワラントの価格の決定方法やその取引方法について説明したものである。

したがって、訴外Aがこれらの書面を交付されたことなどを以て、ワラントの特質や危険性について充分な説明を受けていたものとすることはできない。

(2) 同月七日、日本航空のワラントを購入(同年五月三〇日に売却)

(3) 同年七月七日、モリトの新株を購入(同年八月九日に売却)

(四) 訴外Dは、訴外Cから、同年一〇月、原告の担当を引き継ぎ、訴外Aに対し、熱心な取引を勧誘した。

この結果、訴外Aは、原告名義で次の取引をした。

(1) 平成二年一月一九日、エイケン化学の新株を購入(同月二九日に売却)

(2) 同月二四日、アセアンファンドのワラントを購入(同年一〇月三一日に売却)

(3) 同年二月一四日、上新電機のワラントを購入(同年二月一五日に売却)

(4) 同年四月二三日、ドイツ銀行の株式を購入(同年一一月五日に売却)

(5) 同年五月一〇日、日商岩井のワラント(二〇枚。代金二七五万七一二五円。日商岩井ワラント)を購入(同月二三日に売却)

(6) 同月一一日、三井石油化学株式(一万株)を預託

これは、訴外Dが訴外Aに対し、かねてから、原告の被告に対する顧客としての信用を維持すると共に訴外D自身の営業成績を上げるため、手元の株式を預託するよう求めていたことに応じたものである。

(7) 同月二三日、日商岩井ワラント及び三井石油化学株式を売却し、日産ディーゼルのワラント(八〇枚。代金一三三四万九六〇〇円。日産ディーゼルワラント)を購入

イ 訴外Dは、訴外Aに対し、同月中旬から、日産ディーゼルが無公害エンジンを開発したようだとの工業新聞・パンフレットなどを持参して、三井石油化学株式を売却して外貨建てワラントである日産ディーゼルワラントを購入するよう繰り返し勧めていた。

ロ さらに、訴外D及びその上司である訴外Eは、同月二二日、原告方を訪れ、訴外Aに対し、日産ディーゼルワラントの購入を熱心に勧めた。

訴外Aは、手元の資金が乏しいことから、これに応ずることを躊躇したが、訴外D及び訴外Eは、被告が預かっている三井石油化学株式を売却すれば資金を捻出できること、右売却によって売却損を生ずるが、日産ディーゼルワラントの購入によって、右売却損をすぐに取り戻せるだけの利益が生ずると説明した。

ハ しかし、日産ディーゼルワラントの購入価格は、プレミアムのみで構成されており、かなり高額なものであった。

なお、訴外Aは、訴外Dらから、右取引の際にも、また、訴外Aは、この当時、訴外日興証券又は原告を通じたワラントの取引によって何度も損害を被っていたが、ワラントの特質や危険性、殊に権利行使期間を過ぎれば無価値になるなどの特色について充分な認識を有していたわけではない。

ニ 訴外Aは、訴外Dらの勧めにしたがって、日産ディーゼルワラントの購入資金に充てるため、三井石油化学株式を売却したが、このため、原告は、七六三万四三六八円の売却損を被った。

しかも、三井石油化学株式の売却代金(一二〇四万九七七一円)だけでは右購入に必要な額に足りなかったため、訴外Aは、日商岩井ワラントをも売却した。

ホ なお、被告は、訴外Aに対し、平成二年五月以降三か月毎に、「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」と題する書面を送付してワラントの時価を通知するようになり、その都度、原告から、「確認書」の返送を受けている。

(8) 同月三一日、アストラ・インターナショナル・インクの株式を購入(同年一〇月九日に売却)。

(五) ところが、アセアンファンドのワラント((四)(2))、ドイツ銀行の株式(同(4))、アストラ・インターナショナル・インクの株式(同(8))が値下がりする一方であった。

そのうえ、訴外Dは、訴外Aに対し、その後、連絡をしてこなくなった。

このため、訴外Aは、被告に不信感を抱き、平成二年一〇月九日から同年一一月五日にかけて、被告難波支店に預託していた右株式及びワラントを売却した。

ただし、日産ディーゼルワラントについては、訴外Dから、必ず値上がりするから売却を見合わせるよう懇請され、保有を続けた。

(六) なお、訴外Aは、その後、訴外Dの勧め((2)~(4)、(9))又は自身の判断((1)、(5)~(8))によって、原告名義で次の取引をしている。

(1) 同年九月一八日、ファナックの株式を購入(他店で売却)

(2) 同年一一月二七日、日栄の株式を購入(同年一一月二八日に売却)

(3) 同年一二月七日、英国配電の株式(同月一四日に売却)

(4) 同月一九日、ケルの株式(同月二五日に売却)

(5) 同日、ロームの株式(平成三年一月三〇日に他店で売却)

(6) 平成三年二月一五日、日本デジタルの新株を売却(同年一月三一日に他店で購入していたもの)

(7) 同年三月一二日、日立製作所の株式を購入(同月一五日に売却)

(8) 同年四月四日、日本無線の株式を購入(同年五月二〇日に売却)

(9) 同年五月一五日、東洋エクステリアの株式を購入(他店で売却)

(七) 訴外Dは、訴外Fと共に、平成三年五月二四日、原告方を訪れ、訴外Aに対し、訴外Fを訴外Aないし原告の新担当者として紹介した。

訴外Aは、その際、日産ディーゼルワラントの値下がりについて苦情を述べたが、訴外Fは、責任をもって引き継ぐと応じ、同年六月ころからは、その価格をファクシミリで連絡するようになった。

(八) 訴外Fは、訴外Aに対し、同年七月二九日、住友電気工業のワラントについて、新規発行のため手数料が不要で、直ちに値上がりし、必ず儲かると述べ、その購入を勧めた。

そこで、訴外Aは、原告名義で、同月三一日、住友電気工業ワラント(一〇枚。代金一四四万円)を購入した。

(九) しかし、日産ディーゼルワラント、住友電気工業ワラントは、その後、値下がりを続け、訴外Fは、訴外Aに対し、次第に連絡してこなくなっていた。

(一〇) 訴外Fは、平成五年六月二五日、上司の訴外Gとともに原告方を訪れ、訴外Aに対し、原告が保有している日産ディーゼルワラントが同月末で無価値になることを説明した。

訴外Aは、同月三〇日、日産ディーゼルワラント八〇枚を代金四二二六円で売却することに応じ、結局、原告は、日産ディーゼルワラントの購入及び売却に関し、一三三四万五三八六円の損害を被った。

(一一) なお、訴外Aは、同年八月九日、住友電気工業ワラントを他店に移管させて(同年一〇月二五日に売却)、原告と被告の取引を終了した。

そのうえ、原告は、被告との取引において、日産ディーゼルワラントの購入及び三井石油化学株式の売却による損失を除けば、小刻みに利ざやを稼いだことも多く、全体として、それほど大きな損失を被ったわけではない。

3  被告の責任について

(一) ワラントとは、ワラント債(商法三四一条の八以下)に表章される新株引受権(又はその権利を表章する債権)をいい、ワラントの発行時に、所定の権利行使期間内に、所定の権利価額に対応する金員をワラントないしワラント債の発行企業に払い込むことにより、予め決められた数の新株を取得できる権利である。

ワラントには、社債と新株引受権が分離できないもの(非分離型)及び分離できるもの(分離型)があり、後者では新株引受権のみが独自証券として流通に付される。

ワラントの価値は、理論的には権利行使価格と株価の差によって決定されるが、現実の取引価格にはこれにいわゆるプレミアムが加わり、株式の値動きに関連して大きく値動きする。

また、外貨建てワラントは、為替相場の変動によっても価額が変動する。

他方、新株引受権が表章された証券(分離型)は、所定の期間を経過すると無価値になるだけでなく、通常の株式などと異なって、権利行使期間が近づけば価格が減少する。

ワラントの取引は、顧客と証券会社の間で直接に行われ、ワラントを購入した顧客がそれを処分するためには、現実には、証券会社に買い取ってもらうほかなく、その価格形成の仕組みは複雑かつ不透明である。

わが国では、昭和六〇年一一月一日、分離型ワラントの発行が許容され、昭和六一年一月一日、海外で発行された外貨建てワラント債の分離型ワラントの国内流通が許容されるようになったが、平成元年五月当時、金融商品としては、それほど周知されていなかった。

(二) 以上のようなワラントの特質及び一般投資家と証券会社・証券外務員などの間には、知識・経験・情報収集能力・分析能力などに格段の差異があることなどを考慮すると、ワラント取引を勧誘する証券会社ないしその従業員は、その顧客に対し、顧客の職業・投資目的・年齢・財産状態・投資経験に照らし、ワラント取引に明らかに適合しない顧客に対して取引を勧誘することを避けるべきであるほか(適合性原則遵守義務)、取引を勧誘する場合には、ワラントの仕組み・価格の形成や変動の仕組み(外貨建てワラントの場合は、為替相場による変動も含む。)・その権利行使の価額や期間・ワラントが一定期間を経過すると無価値になる危険性を有することなどを説明する義務(説明義務)を負っているというべきである。

(三) ところで、訴外Aは、前記のとおり、被告との取引において、プロの投資家ともいうべき投資傾向を示しており、被告との取引においても、日産ディーゼルワラントの購入及び三井石油化学株式の売却による損失を除けば、小刻みに利ざやを稼いだことも多く、全体として、それほど大きな損失を被ったわけではない。

したがって、原告については、前記(二)の適合性原則遵守義務については、さしあたり考慮する必要がなかったものと認められる。

(四) しかし、訴外Aのワラントについての知識は、必ずしも充分ではなく、日産ディーゼルワラントの購入当時、その権利行使の価額や期間・ワラントが一定期間を経過すると無価値になる危険性を有することなどについては、全く無警戒であったことが認められる。

ところが、被告の従業員である訴外D及び訴外Eは、訴外Aに対し、ワラントの危険性や、権利行使期間が経過すれば無価値になることを具体的に説明しないまま、購入を勧誘したのであるから、右勧誘に際し、前記(二)の説明義務に違反したものといわざるを得ない。

以上によれば、被告は、原告に対し、右説明義務違反による不法行為に基づいて原告が被った損害を賠償すべき義務を負っている。

4  原告の損害について

(一) 原告は、日産ディーゼルワラントの購入に関して、次の損害を被ったものと認められる。

(1) 日産ディーゼルワラントの購入のため支出 一三三四万九六〇〇円

(2) 日産ディーゼルワラントの売却による収入(税引後) (-)四二一四円

(3) 合計 一三三四万五三八六円

(二) なお、日産ディーゼルワラントの購入資金をどのように調達するかは、訴外A自身の判断と責任においてなされたものというべきであり、三井石油化学株式の売却による損失(七六三万四三六八円)は、訴外Aないし原告に帰属すべきものである。

5  過失相殺

訴外Aは昭和六二年一〇月ころから、訴外日興證券の難波支店を通じて、原告の名義などによって多額の株式やワラントの取引を行っており、訴外日興証券に対し、次第に不信感を募らせていたとはいうものの、訴外Cから勧誘を受けるや、資産を増加させることを望んで、原告名義で被告との本格的な取引を開始した。

そして、訴外Aが原告と被告の各取引において見せた投資傾向は、数百万円の資金を投入して購入した銘柄を、短期間に売却するというもので、明らかに利ざやを稼ぐことを狙ったものであり、その手法は、いわゆるプロの投資家のそれである。

そのうえ、原告は、被告との取引全体を通じてみると、日産ディーゼルワラントの購入及び三井石油化学株式の売却による損失を除けば、小刻みに利ざやを稼いだことも多く、全体として、それほどの損失を被ってもいない。

また、訴外Aは、被告の従業員らによる勧誘があったにせよ、日産ディーゼルワラントの購入及び三井石油化学株式の売却に関しても、自らの判断によってワラント取引に投資することを決定していたのであるから、この結果、損害を被ったことについては、訴外Aないし原告にも相当な落ち度があるというべきである。

以上の事情を総合して、本件においては、五割の過失相殺を行い、前記損害額から五割を減じた六六七万二六九三円をもって、原告が被告から賠償をうけるべき金額とするのが相当である。

13,345,386(円)×0.5=6,672,693(円)

6  弁護士費用 一〇〇万〇〇〇〇円

本件の事案の内容、審理の経過、認容額などを考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、一〇〇万円とするのが相当である。

三  以上によれば、原告の請求は、七六七万二六九三円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 亀井宏寿)

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